[廊下] 蛇崩乃音 : コツコツと、軽やかな音を奏でながら。
身に染みる寒さを物ともせずに、耳を澄まし続けていた。

[廊下] 蛇崩乃音 : あたしは「文化部統括委員長」
とーぜん、こうやって冬休み中に文化系の部活動を見回らなきゃなんないのよねぇ

[廊下] 蛇崩乃音 : …………

[廊下] 蛇崩乃音 : 聞こえる聞こえる。

[廊下] 蛇崩乃音 : 部活が奏でる、彩り豊かな音。

[廊下] 蛇崩乃音 : 運動部も、もちろん活動中だけど?
文化系だって負けてないのよぉ?

[廊下] 蛇崩乃音 : あたしは指揮棒を軽く振るいながら、歩を運んでいく。

[廊下] 蛇崩乃音 : ……けれど、不協和音が時折混じってる気もするわねぇ。

[廊下] 蛇崩乃音 : ほんっとうに、どこも真面目に部活動をしているのかしら?
耳を澄ませるだけじゃ、不十分なようね?

[廊下] 蛇崩乃音 : ちょ~っと肩を揉んでやってもいいかもぉ

[廊下] 蛇崩乃音 : さぼってたりなんかしたときは……覚゛悟゛す゛る゛事゛ね゛ぇ゛~!

[廊下] 蛇崩乃音 :  

[廊下] 蛇崩乃音 :  

[廊下] 上重漫 : 「……お」

[廊下] 上重漫 : 「何です、先輩も来とったんですね」
廊下の向こうから軽く手を振り

[廊下] 蛇崩乃音 : 「ん?」
目を細めると、よく見知った後輩の姿があり。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「なぁに、お好み焼き屋? あなた……今日は麻雀の部活無いはずなのになんで来ちゃってるのかしらぁ?」
にやっと、口角を上げて。

[廊下] 上重漫 : 「うっ……さすが文化部統括委員長、私よりお詳しいですね」

[廊下] 上重漫 : 歯切れ悪そうに目線を逸らす。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「そりゃそうよ、舐めてもらっちゃ困るわよぉ……ってお好み焼き屋? まさか日程を間違えて来ちゃったとかぁ?」
ずいっと、顔を覗き込んで。目を逸らされても追えるように。

[廊下] 上重漫 : 「ひゃっ……ちっ、ちゃいま……せんけど……!」

[廊下] 上重漫 : 「……他の先輩には広めんといてくださいよ、はぁ……」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「わかってるわよぉ……それにしてもそんなんだから、ずぅ~っと弄られるのよぉ?」

[廊下] 上重漫 : 「いやはや……返す言葉もありません」
苦笑いを返す。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「まっ、いいわ……っと……? あーら職員室からスケール壮大な呼び出しがかかったわね」

[廊下] 上重漫 : 「ああ……いつもん先生みたいですね」
顔を上げ。

[廊下] 上重漫 : 「実際、当てが外れて私も暇しとったんですけど……蛇崩先輩は?」

[廊下] 上重漫 : 「見回りなら『やることない奴ら』には当てはまらんでしょうし……無理に行く必要はないんやないですか?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「30秒以内で来いなんて、デリカシーが無いわねぇ……ん? ……そりゃそうね……んで、あなたはどうするの? お好み焼き屋? せっかく学校に来たのよね?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「あたしの手伝いというか助手をするって形で連れまわしていいなら、あなたもわざわざ落語家のところにいかなくてもいいんじゃなあい?」

[廊下] 上重漫 : 「ああ、まぁ……こんまま帰るつもりやったんですけど」

[廊下] 上重漫 : 「ん、ええですけど……」

[廊下] 上重漫 : と答えて、自身がどんな役回りをさせられるのか思い至るのが遅かったことに気づく。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「なかなかノリがいいわね?」
いつみても……弄りがいがあるどころか、もはや心配になるほどにドジなのよねぇ
一応文化部を統括するより前に「先輩」なんだから、ちょっとぐらい見守ってやるわ

[廊下] 蛇崩乃音 : 「じゃあ……お言葉に甘えちゃうわよぉ?」

[廊下] 上重漫 : 「へっ」

[廊下] 上重漫 : 「助手程度!助手程度のお仕事ですよね!?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「あたしみたいな華奢な体でやっていけるんだから、そう荷も重くないわよぉ? それに高等部の範囲でいいわ、文化系の部活を全部回って記録をつけるだけよ」

[廊下] 上重漫 : 「高等部全部って……」
ひい、ふう、みい……と指を折る。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「まっ、ここマンモス校だから……高等部だけでもその指ではまぁ数えきれないけれどぉ?」
漫の右肩を片手で揉む。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「本当うっかりさん」

[廊下] 上重漫 : 「ふぁ……」
掴まれた右肩から、目の前で悪戯っぽく微笑む顔へと視線が移る。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「……まっ、もう半分以上は見て回ったからもう少しで終わるところよ」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「終わったら何かお礼してやってもいいけど?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 指揮棒をくるりと回し、「やっぱり断る」という余地も与えない。

[廊下] 上重漫 : 「……は、はぁ〜〜……」
半分涙目になりそうな目を閉じ、ゆっくりと肩の力が抜ける。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「麻雀で燃えてる時とはまったくえっらい違いねぇ」
ぼそりと呟きながら、漫に背中を向ける。更に断る余地を与えさせない。

[廊下] 上重漫 : 「ええ……そ、そんならご一緒させてもらいます……って」

[廊下] 上重漫 : 「ちょ……先行かんといてくださいってば……!」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「あらあら、叩けば埃が出るぐらいに弄りがいが本当あって楽しいわねぇ」
ニタニタしながら、歩幅を合わせてあげる。

[廊下] 上重漫 : (……そんでも、ああ言うときながらこんだけの量を一人でやっとるんや……凄いなぁ、私なんかより)

[廊下] 上重漫 : 「っと……ひゃっ!?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「高等部に入ってきたときからずぅ~っと活動を見てきたわけだけど、やっぱりあなたが一番見てて面白いわねぇ」

[廊下] 上重漫 : 考え事をしながら追いかけていたペースが変わったことで、その身体が宙に浮く。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「……そ、そんなに驚かなくてもいいじゃない? 本当、ドジね?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 悪戯に笑みを浮かべようとしたが、予想以上に反応が大きくて
思わず歩を運ぶのを止める。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「もうなんか、あなたは手を繋いでないとどっか行っちゃうんじゃないかってぐらい、見てて不安だわ」

[廊下] 上重漫 : 「す、すみません……なんや、あんまりこういうの慣れんもんでして……」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「ほら」
音を奏でるための指を広げ、漫の手に重ねる。

[廊下] 上重漫 : 「ふぇ」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「こうすれば、あたしが何しようとしてもすぐ気づけるし、驚いて体が浮くこともないでしょ」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「ほーら、さっさと行くわよ!」

[廊下] 上重漫 : 「え、えっと……こう、でええんでしょうか……」
おずおずと両手を差し出し、包み込むように握る。

[廊下] 上重漫 : 「はっ、はいっ!」

[廊下] 蛇崩乃音 : それにしても……とーぜんわかってた事だけど
こうやって並ぶと、この子よりわたしの方がちっちゃいのよねぇ……って

[廊下] 蛇崩乃音 : 「!?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「こ、こうすると歩こうにも歩けないでしょぉ~……?」

[廊下] 上重漫 : 「えっ……えっ?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「ふ、普通……片手と片手で……」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「あ、あーもう! お好み焼き屋! やっぱりやめやめ!」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「手は離したまま歩くわよ!」

[廊下] 上重漫 : 「あ、ああ……なるほど……」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「そうよ! そう、ほらさっさと来る!」

[廊下] 上重漫 : 「ひぃっ」

[廊下] 蛇崩乃音 : あたしはそのまま、先ほどの配慮の欠片も忘れて
がんがん前へと歩を運んでいく。

[廊下] 蛇崩乃音 : ……やっぱり後ろからついてきてるか不安で、後ろを時折振り返りながら。

[廊下] 上重漫 : とてとて、とその後を追う。

[廊下] 蛇崩乃音 : 漫が後ろからとてとてと、ついてきている事を確認すると
あたしは、ふぅっと安堵して。そのまま部活動の確認をしていく。

[廊下] 蛇崩乃音 : あくせく、と。
……そうこうしているうちに、あたしは歩幅をまたいつのまにか漫に合わせていた。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「ふうっ、これで終わり……っと、まったく犬みたいねあんた」

[廊下] 上重漫 : 「ふぅぅ……は、はい……?」

[廊下] 上重漫 : 目をぱちぱちとさせながら、その仕事ぶりを眺める。

[廊下] 蛇崩乃音 : 何よ……ほ、本当に犬みたい……

[廊下] 蛇崩乃音 : 「あなたが高等部来てから、委員長としてずっとあなたも含め、文化系の部員を見てきたけれど……」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「あなたって本当なんか天然よね……少なくとも文化系で一番よ」

[廊下] 上重漫 : 「そ、そうなんでしょか……」
褒められているのか貶されているのか、複雑な顔をする。

[廊下] 蛇崩乃音 : 褒めてはいないけれど、貶されてるとも断言できないような複雑な顔をしているのを見て、私は思わずため息を吐くと、白い息が上がったのを見て
また寒気で悴んできた手をすり合わせる。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「ところであなた、寒くない? あたしは歩き回ってたのにまだあったまらないし寒いんだけど」

[廊下] 上重漫 : 「ん……そ、そうですね……もう真冬ですし」

[廊下] 上重漫 : 「私は先輩の背中追っかけるだけでへとへとで……蛇崩先輩はきちっとしとりますから、安心して追っかけれたんはありますけど」
白い息を漏らしながら、見上げるように

[廊下] 蛇崩乃音 : 「…………そう? それならよかったけれど……って、あなた……本当へとへとね?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「……なんであたしよりこんな疲れてるの? ……はぁ~、まったく……ちょっと待ってなさい」

[廊下] 上重漫 : 「あ、ちょっと……」

[廊下] 蛇崩乃音 : あたしは静止も聞かずに、ふとそこの曲がり角を曲がる。
そして、チャリン、ピッ、ガシャン、と音を二回ほど繰り返して奏でる。

[廊下] 蛇崩乃音 : そして、また漫の前に姿を現した。

[廊下] 上重漫 : 「……?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「はい、あったかい飲み物。これカイロ代わりにでもしときなさい、で、こっちはさっさと飲んで、体あっためなさいよね」
自動販売機で買った物を二本渡す。

[廊下] 上重漫 : 「わぁ」

[廊下] 上重漫 : 顔をほころばせつつ。

[廊下] 上重漫 : 「ありがとうございます……!……でも、先輩はええんですか」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「あたしは特別よ? なんせあなたと違って学校の中に別荘があるようなもんよ」

[廊下] 上重漫 : ぷしゅ……こくこくと音を立てながら、乃音の話を聞いている。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「…………」
何、本当、まるで犬みたい。
もはや天然とかドジとかそんな域じゃない。

[廊下] 蛇崩乃音 : 誰かがいないと死んじゃうんじゃないのこの子……、そうあたしはふと考えてしまっていた。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「……来る? ていうか見せてあげるけど? あたしの部屋」

[廊下] 上重漫 : 「……え、あ」
あわてて口から缶を離し。

[廊下] 上重漫 : 「ええんですか……!?限られた人しか入れんような部屋、私なんか入れて」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「いいわよ、どうせあたしは高等部を卒業したら、大学に上がるにせよ上がらないにせよあの部屋は空いちゃうわけだしぃ?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「どうせならほかの誰かに見せてやってもいいんじゃない? ってあたしの中で思っただけよ」

[廊下] 上重漫 : 「はぁ……」
ぽかんと。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「……と、とにかく、来なさいよね。こんな所に突っ立ってたらまた凍える事になるんだから」

[廊下] 蛇崩乃音 : そういうと、あたしは漫の手をとっていた。

[廊下] 上重漫 : 「あ……そっ、それもそうですね」

[廊下] 上重漫 : 「あ」

[廊下] 上重漫 : 握られた手を、缶の温もりが残っているうちにぎゅ、と握り返す。

[廊下] 蛇崩乃音 : 高等部を卒業すれば崩れる砂の城。
けれど思い出の中には永劫残る私だけの城。
なぜ、そこに漫を連れて行ってあげようと考えたのかわからないけれ……ど!

[廊下] 蛇崩乃音 : 「……」
あたしは何故か今度は何も言わず、そのまま素直に握り返され、やっとあたしは口を開いた。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「あったかいと気持ちいいわね、あなたの手」

[廊下] 上重漫 : 「ふぇっ」

[廊下] 蛇崩乃音 : 「えっ?」

[廊下] 蛇崩乃音 : 自分でも何言ってるかわからない事を言った気がする……。ま、まあいいわ……。

[廊下] 上重漫 : 「えっ?」

[廊下] 上重漫 : 目をぱちぱちと。

[廊下] 上重漫 : 「そ……そんなら、次からあっためときますよ。うち、お好み焼き屋なんで」

[廊下] 上重漫 : 自分でも何を言っているのかわからないまま、言葉を返す。

[廊下] 蛇崩乃音 : 「へっ」
て、天然でドジなのに、今の聞き逃すとかそんなんじゃなく……!?

[廊下] 蛇崩乃音 : 「と゛に゛か゛く゛っ! 来るのよ!!」
あたしは思わず強気になって、ちょっと乱暴にあたしの部屋へと漫を引っ張っていく。

[廊下] 上重漫 : 「ふぎゃっ」

[廊下] 上重漫 : 引きずられるように、それでもその手はしっかりと離さないようについていく。

[廊下] 蛇崩乃音 : 本当、犬なの!? あなた! と声を大にして言いたいけど
なんかそれも悪いような気もしちゃって、それからは何も言わずにあたしの部屋へと引っ張り続けていった。

[廊下] 蛇崩乃音 : (他タブの文化部統括委員長室へ)

[廊下] 蛇崩乃音 :  

[廊下] 蛇崩乃音 :  

[廊下] 琴葉 茜 :  

[廊下] 南条光 :  

[廊下] アヤ・キリガクレ :  

[廊下] 南条光 : 「……アヤさん?」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「おや、何か?」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「……ああ、いえ」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「誤魔化すのはよしましょうか」

[廊下] 南条光 : ………どうしよう、茜さんの事心配してくれる気持ちは本当に嬉しいんだけど。

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「南条様、貴女が琴葉様をお慕いしている事は、もう態度でわかりました」

[廊下] 南条光 : 「……えっ?」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「その為、言動、行動と共に彼女を独占しようとする動きが見えます」
「ここまで何度も避けられれば嫌でも痛感しますから」

[廊下] 南条光 : 「………………」

[廊下] 南条光 : 凄く、言いづらい。

[廊下] 南条光 : でも多分、言わなきゃ駄目な気がする。

[廊下] 南条光 : 「……アヤさん」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「はい」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 何かを覚悟したような表情で見つめ返す

[廊下] 南条光 : 「アヤさんも、茜さんの事心配なんだよね?」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「ええ、もちろん」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「誰よりも、この世の誰よりも」
「彼女と親しくありたい」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「そう思える相手、私の大切な友人」
「そんな友人を、心配しないわけがないでしょう?」

[廊下] 南条光 : 「………うん」
茜さんを思ってくれる、その気持ちは本当に嬉しい。
………その気持ちは。

[廊下] 南条光 : 「じゃあ、聞いてほしいんだ」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「ええ」

[廊下] 南条光 : 「人の事をそんなに大切に思うなら───」

[廊下] 南条光 : 「もっと周りを見て」
「もっと人を見て」

[廊下] 南条光 : 「もっと、相手を見て」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「はぁ…」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「島村様を私と同じく見捨てた貴女が、それを言いますか?」

[廊下] 南条光 : 「それに関しては本当にごめん。何も言い返せないし、言い返さない」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「……粛々と受け入れれば、尊いのだと?」

[廊下] 南条光 : 「違うんだ」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「では……何故?」

[廊下] 南条光 : 「うん、聞いてほしい」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「……」

[廊下] 南条光 : 「これから多分本当に酷いことを言うと思う。アヤさんの気持ちは分かるから、本当にごめんね」

[廊下] 南条光 : 「………………」

[廊下] 南条光 : ごめん。アヤさん。
…………本当に。

[廊下] 南条光 : 「茜さんの元には、あたし一人で行かせてほしい」

[廊下] 南条光 : 「理由はしっかりある」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「理由がなければ、言い出さないでしょうね」
「どうぞ」

[廊下] 南条光 : 「茜さん、さ。」

[廊下] 南条光 : 「誰かと一緒にいること……嫌がってそうなんだ」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 続けて?と手を差す

[廊下] 南条光 : 「本当……それでも突っかかろうとしてるから、あたしも偉そうに言える立場じゃないんだけどさ」

[廊下] 南条光 : 「誰かと一緒にいること嫌がってそうだけど、それでも何か悩んでそうだから」
「あたしは茜さんの助けになりたい。だから茜さんの元に行きたい」

[廊下] 南条光 : 「そして多分……アヤさんじゃその役目は難しいと思ってる」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「それはそうでしょう」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「貴女がしたい事と、私がしたい事は違うのですから」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「貴女がしたいことを私はできない」
「私がしたいことを貴女はできない」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「当たり前でしょう?」

[廊下] 南条光 : 「……そっか」

[廊下] 南条光 : 「アヤさんは、何がしたい?」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「琴葉様と深い仲になりたい」
「というのは、欲望の話」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「彼女に触れなければ、私は彼女に対して何もしてあげられない」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「語りかけるにしても、控えめな程度ではそのまま引かれて逃げてしまう」
「だから、私は」

[廊下] 南条光 : 本当に、辛い。

[廊下] 南条光 : アヤさんが茜さんを想う気持ちは、本当に強い、本物だから。

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「例え、傷ついても、傷つけても構わない」
「お互いに、本心を晒したい」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「今のような、互いの仮面で互いを守り合う関係を解消して」
「素顔で彼女と笑いあいたい」

[廊下] 南条光 : 「うん………」

[廊下] 南条光 : アヤさんの事を、否定したくない。

[廊下] 南条光 : 「………本当にごめんね」

[廊下] 南条光 : 「今回の件、やっぱりあたしに任せてほしいんだ」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「……それは、何故?」

[廊下] 南条光 : 「その質問を返す前に、あたしからも先に聞きたい事あるんだ」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「ええ、どうぞ」

[廊下] 南条光 : 「校舎出た後、少しの間抱月さんと一緒にいた?」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「ええ、少しの間」

[廊下] 南条光 : 「……そっか」

[廊下] 南条光 : 「じゃああたしに任せてほしい理由、言うね」

[廊下] 南条光 : 「アヤさん、人の事見れてないから。茜さんを任せるには心配なんだ」

[廊下] 南条光 : ───『そういえば抱月さんどうしたのアヤさん』

[廊下] 南条光 : 『………あら?』

[廊下] 南条光 : 『……どうやら、帰ってしまわれたようですね』

[廊下] 南条光 : 本当にごめん、アヤさん。
でも

[廊下] 南条光 : ………一緒にいたはずの相手見てなくて、そんなこと言えてしまう人に、茜さんは任せたくない。

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「言葉にしなさい、もっと、強く」
何かを躊躇うような、そんな易しさを見せる目の前の友に告げる

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「貴女が本心を明かさないのなら、私は一歩も引きません」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「最初に告げたはず、貴女は彼女の事を慕っているのだろうと」
「だから、心配なのでしょう?」

[廊下] 南条光 : 「………」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「だから、私には譲れないのでしょう?」

[廊下] 南条光 : 「じゃあ、ハッキリ言うね」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「小難しい理屈など、愛の炎の前には塵芥」
「述べなさい」

[廊下] 南条光 : 「目の前にいたはずの抱月さん事を全く見ていない人に、茜さんは任せられない」

[廊下] 南条光 : 「目の前にいたはずの抱月さんの前を、自分から離れたっていうのに、抱月さんがいなくなったことに気づいてない、」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「ええ、こちらも同じく」

[廊下] 南条光 : 「そんな人の事を全然見れてない人に」

[廊下] 南条光 : 「茜さんは任せられない」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「平然と友人を仲間外れにする人に」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「友情を盾にする癖に」
「その偽善を貫こうともしない」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「そんな相手に、私の好きな人を任せたくはない、けれど」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「貴女だって、私の友達だから」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「今日だけは、一つの答えで許します」

[廊下] 南条光 : 「……うん」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「貴女は、琴葉茜の事を愛していますか?」
「この世の誰を、何を引き換えにしてでも彼女を助けたい、そう思っていますか?」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「私は思っています」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「さあ、貴女の答えを!」

[廊下] 南条光 : 「……………うん」

[廊下] 南条光 : 「あたしは、」

[廊下] 南条光 : 「茜さんが好きだ」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「………」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 少し、にこりと微笑んで

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「そうでしょうとも、あんなにも素敵な人ですから」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「……こんなにも、よく似た私達ですもの」

[廊下] アヤ・キリガクレ : かたや友人を盾にして、かたや友人を見捨てる互いはまさに人でなし

[廊下] アヤ・キリガクレ : なら……その気持ちだって、勿論わかります

[廊下] アヤ・キリガクレ : だから

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「今日だけは、ですよ?」

[廊下] 南条光 : 「………ありがとう」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「それに、貴女がダメだったら自重なんて絶対しませんから」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「さあ、さあ!」
「グズグズしてると、あの人はどこかに行ってしまいますよ!」

[廊下] 南条光 : 「……うん」

[廊下] 南条光 : 「行ってくる!」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「……ええ、頑張ってくださいね」

[廊下] 南条光 : そのまま、茜のいる所へと向かう。

[廊下] 南条光 :  

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「……あーあ、行かせちゃった」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 頑張って取り繕ってきたのに、絶対に素敵な人になるって決めたのに
相応しくなくても、そうなれる人になろうと思って……

[廊下] アヤ・キリガクレ : それを全部捨ててでも、手を取ろうと飛んだのに

[廊下] アヤ・キリガクレ : ずっと、ずっと真面目に生きるのが嫌だった

[廊下] アヤ・キリガクレ : 親の都合で幼馴染と離れ離れになって
親の指図で習い事も始めさせられて
自分じゃない人に、自分を作られる不快感にずっと晒されて

[廊下] アヤ・キリガクレ : 生きているのも、嫌だった

[廊下] アヤ・キリガクレ : …それでも、まっすぐ歩こうと思えたのは、きっと

[廊下] アヤ・キリガクレ : 私なんかじゃあ、到底届かない素敵な人に出会えたから

[廊下] アヤ・キリガクレ : 私と釣り合うと、誰も認めてくれないような
そんな人を……

[廊下] アヤ・キリガクレ : 好きになってしまったから

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「……お嬢様になんて、生まれるものじゃありませんね」

[廊下] アヤ・キリガクレ : それに、私は……腐っていたから

[廊下] アヤ・キリガクレ : 友人達との約束を守れなかったその日から、必死に押しつけられた自分だけを…

[廊下] アヤ・キリガクレ : いいえ

[廊下] アヤ・キリガクレ : 押し付けられた、なんて言い訳をして
自分を守り続けていた卑怯者が、彼女に相応しい筈はない

[廊下] アヤ・キリガクレ : ──それでも

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「私を、愛してほしかった」

[廊下] アヤ・キリガクレ : だから努力した
習い事を増やして、何倍も、何十倍でも

[廊下] アヤ・キリガクレ : 相応しくない、そんな自分を塗りつぶして

[廊下] アヤ・キリガクレ : 釣り合わない、そんな外聞を叩き潰す

[廊下] アヤ・キリガクレ : そんな、完璧な人になれば……

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「……バカ、ですね」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 「そんな言い訳で自分を濁さず、告白でもしておけばよかったものを」

[廊下] アヤ・キリガクレ : 見送った同胞に告げろと述べさせたのは

[廊下] アヤ・キリガクレ : きっと、自分のような塵屑でも

[廊下] アヤ・キリガクレ : 愛する人を助けられる、そんな事実が欲しかっただけなのだろう

[廊下] アヤ・キリガクレ :